脳脊髄液減少症の子供がいるHSP母の記録

~いつか光射す日まで~病気の子供の母目線からの闘病記録

【番外編】学校の管理教育の見直しは30年前から進んだのだろうか?

30年前、高校で校門に女子高生が挟まれる事件があった

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たまたま見かけた記事で、神戸高塚高校の校門圧死事件から30年が経過したことを知った。当時、衝撃的なニュースだったことを覚えている。

 

月日が経過し、親目線、さらには病気の子どもの母目線でその事件を見ると、当時と感じることが違うようにも思った。さらには当時の校長が『あと10分早ければ、事故は起きなかった』と在校生に言ったということもはじめて知り、衝撃を受けた。

 

テレビや他の方のブログでも、不用意な発言をする校長などの教育関係者の話を耳にし、目にする。

 

義務教育の学校というのは、選びたくでも選べない地域もある。通わせることに不安を感じても、決められている以上、そこの学校に行かせるしかない。そう考えると、公の部分での発言は慎重にしてもらいたいと強く思う。

 

そして、30年前、そういう事件があったにも関わらず、教育現場の体制はあまり変わっていないのではないだろうか?と、不安に感じる今日この頃である。

 

違う視点で見る、遅刻などの背景

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一哉(仮名)が高校を選ぶ時、「高校は出席できなければ留年になります」と聞かされ、当時の体調では無理だと思い、一哉は通信制高校しか選択しなかった。

 

いや、いろいろな面で他を選ぶことができない状況だった。

 

当時は「普通に進学するはずが、こういうことになってしまって」・・・と、悲観的に思う部分が大きかった。でも、結果的には体調に合った学ぶ環境のありがたさを知ることができた。だから、親として違う道を開くように努力したことはよかったのかもしれないと思えるようになってきた。

 

通信制高校に対しての世間の目はネガティブな印象がある。さらには、全日制高校に比べると圧倒的に情報が少ない。そう考えると、学校に頼らず、親子で情報収集をする方が子どもさんの状況に合った高校が見つかるのではないか?と思う。

 

そして、全日制タイプの高校は出席できなければ留年になるので、遅刻への取り締まりも厳しいのかもしれないとも思う。今はどうなっているのかわからないが、少なくとも、昔はそういう背景もあり、そういう中で、上記のような事件が起きたのだろう。

 

親御さんの気持ちを想像すると、ただ学校に通わせていた結果がこういうことになり、立ち直ることができたのだろうか・・・と考えてしまう。

 

その頃は学生目線からしか見ていなかったが、親目線で見ると本当につらい事件だと思う。遅刻指導で子どもが帰らぬ人になるのだから・・・そんなことだったら、遅刻してもいいから、生きていてほしかったと思うのではないだろうか。

 

遅刻といっても、理由はいろいろあるように思う。例えば、一哉のように病気で朝が起きづらくなっている(残念ながら、今でもそういう病気が何種類かあることに対する理解がなく、怠けているという人もいるらしい。それも教育関係者が・・・である)、途中で体調が悪くなった、夜遅くまで勉強して寝過ごしてしまった・・・などなど。

 

とくに理由なく、遅刻してしまう子どももいるかもしれない。でも、中には理由がある子どももいる可能性がある。

 

難しい年頃だから、力で押さえこむという方法が取られていたのかもしれない。でも、それが教育施設のあるべき姿なのかは夏菜子(仮名)にはわからない。

 

この話題を取り上げた理由

実を言うと、一時期の一哉に対する対応が、この時代のものと変わらないのでは?と思ったことが多々あったため、いろいろ迷ったけれど、この話題を書いてみることにした。

 

よくよく考えると、30年前の事件当時に20代だった学校の先生たちが現在は50代くらいとなり、年代的には指導する立場となっている可能性がある。そうだとすると、意識改革がなければ、当時のような思想を持った先生がまだたくさんいるとも考えられるだろう。

 

改めて新聞やネットの情報を検索してみて、びっくりしたことがあった。警察が来る前に証拠となるはずの女子生徒の血を洗い流してしまっていたということだった。ネット調べなので、実際にそうだったかはわからない。

 

でも、その時の状況で、どれだけ大変なことが起こっていたかを、現場にいた学校関係者は気づかなかったのだろうか?と思う。そうではなくて、隠蔽の行為としてこういうことをしているのだとしたら、罪深い。そして、残念ながら、今もなお、学校現場で起こる重大事件に関しては隠蔽が繰り返されているようにも思う。

 

夏菜子たち家族の味わってきた苦しみと悲しみや、もっと大変なことに巻き込まれた方々の気持ちを思うと、やりきれない気持ちになる。

 

安心して子どもを預けられる学校になってほしい。

 

そして、病気やさまざまな理由で不登校になり、普通に学校に通えない子どもたちの気持ちにも寄り添ってもらえる学校になってほしい。

 

そう願うのは途方もなく、無理なことなのだろうか?

 

ごく個人的な意見

夏菜子自身、もし普通の親としての生活を送れていたら、昔、こんな事件あったなくらいで、スルーできたのかもしれない。

 

こんなにも教育のことに対して考えるようになったのは、子どもの病気や不登校で勉強の機会を奪われてしまう現実を知ったからなのかもしれない。とはいえ、ブログを書くのが精一杯で、教育現場を変えるための直接的な努力まではできていない。

 

ただ、ものすごく思うことがある。

 

学校は社会の縮図といえる部分もある。その中で病気の子ども、なんらかの理由で不登校の子どもが切り捨てられるのが普通になってしまっていたら、思いやりの心が育まれることはないように思う。

 

学校が勉強だけの場でないとしたら、いろいろな人がいると多様性のことについても教えるべきではないのかと。そういう中から寄り添ったり、思いやりの心が育まれるのではないかと個人的には考える。

 

一哉の場合、最後まで管理教育の名残りを色濃く残したような状況で、中学校生活を終えることになった。

 

それでも、同級生の子どもたちの対応がよく、救われることもあったので、最悪なだけの中学校生活にならずにすんだように思う(あくまでも親目線なので、実際はわからないけれど・・・)。

 

ただ、それでも今もまだ、普通の高校生活を送れている風の同級生を見かけると、あぁいう風になれるように、もっともっと努力するべきだったのではないかとも、思ってしまう時もある。

 

今通っている(?)通信制高校のよさも存分にわかるが、どうしても普通の生活を送れている風景をパラレルワールドのように思い浮かべてしまう日もあったりする。

 

子どもが病気になって、回復の兆しが見えている立場の親でも、苦しくなることもある。

 

しかし、子どもの時間が止まってしまった親御さんの気持ちを想像すると、言葉では言い表せない感情が溢れてしまう。

 

だからこそ、大変な日々だったけれど、今は幸せと思うようにしようと思う日々である。

 

あとがき???

お堅い文章は少々疲れてしまいますね・・・あまり向いていないかもしれません。ただ、どうしてもこの話題を見た時に書きたいと思ってしまったので。

 

本来は楽しい文章を書きたいのですが、このブログの性質上、しかたないですね。

 

★やブックマーク、ありがとうございます。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。